老母はシンデレラの義母に違いない


 Facebook友だちがアップした記事にこんなんがあった。
 
 



「今週末の甥の結婚式で使う草履とバッグ。

 母から「良い物だからぜひ使うように」

とお達し付きで譲られた(押し付けられた)物ですが…

 

履いてみたら足に合わず、ペンチを使って悪戦苦闘。

朝から疲れました。

 母からのもらい物とはトコトン相性が悪いようです(笑)。

 

自分も娘に何か譲る時には気を付けようと思う次第」

 

全くの御意である。

 

ウチの母も何かにつけ「お下がり」を寄こすことを常としてきたが

ありがた迷惑以外の何物でもない。

 

その筆頭に来るのが「靴」である。

 

何故なら、母とアタシはサイズが違うのだ。

 

百歩譲って、アタシの方が小足ならば詰め物をするなどの努力も有りかも

しれないが、事実はその逆だ。

 
娘の方がサイズがでかいのに「まだ新しいから、あなた、履きなさい!」
と言い切れる頭脳に毎度、目を丸くしてる。

 

「おまえはシンデレラの義母か!?」と思ってしまうのだ。

 

王子に選ばれるという目的のためならば、娘の踵を切っても構わない。

 

つまり、自分の自己満足のためには手段は選ばないという頭の構造が

アタシの理解を超えるのだ。

 

当然、アタシは反論する。

 

「サイズが違うのに、どうやって履くのよ?

自分が使えばいいでしょう?」

 

母はいつもこう言う。

 

「買ってみたけど、合わなくて痛いから、あなた、履きなさい!

高かったんだから!」

 

もうこうなると迷宮をグルグル回るようである。

 

すったもんだの末、毎度、押し付けられる。

 

このやり取りだけで疲弊してしまうアタシは何も言わずに引き取り、

サッサと処分することにしている。

 

しかし、老いても記憶力の良い母は我が家に来るたびに

「あの服はどうした?」

「あの靴はどうした?」と聞くので、ごまかすのには苦労している。

 

自分では使わない→でも捨てるには惜しい→そうだ!娘に使わせよう!

 

全く良くできた3段論法である。

 

結論としては、Facebook友だちが言うように

「娘に譲る際には気を付ける」以外に道はない。

 

というか、アタシは我が子には現金以外は何も遺さない方に

シフトしようと思っている。





 

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