おかんはぼんやり灯りをともしゃいい

今日はある人と打ち合わせをしているときに、こんな話になった。

「子どものときにさ、こんな経験ない?」



「なんか冒険者の気分になっちゃって、仲間とドンドン竹藪とかに
入って行って、その内、暗くなってきて、雨なんかも降って来て

そんな時に、誰かが『もう、帰ろう?』なんて言ったりして

そしたら、急に怖くなってきて、全速力で家に駆け戻るんだけど

家に帰り着いた途端、おかんに怒られて、その瞬間、わんわん
堰を切ったように泣くんだけど、怒られたから泣くんじゃないよね、あれ?

俺が思うに、あれは『安心』したから泣くんだね。

おとんがいて、おかんがいて、家があって、灯りがともっていて

夕餉の食卓が待っている。

この安心で大泣きしちゃうんだよね、きっと」

幼き日の記憶を掘り起こそうとするんだが、お婆さん過ぎてか
よく思い出せない。

そんなことがあったような、なかったような・・・。

そっだ、こえダメに落ちて、大泣きしたことはある・・・と遠い記憶を
辿っていたら、その人がこう言った。

「だからさ、りんこさん、それでいいんだよ。

ダメな母だとか、子どもがうまくいかないのはアタシのせいだって
おかんが思う必要はないんだよ。

俺が思うに、おかんは灯りをともして待ってればいいんだよな。
それだけで十分なんだと、思うよ。違うかな?」

くそー、また、よそのおやぢにいい話をされてしまった・・・。

おかんはぼんやり、灯りをともしゃいい・・・のか。

なんだ、八代亜紀の舟唄だな。







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