何もしない時間を責めないで


 新学期がスタートし、メディアでも不登校に関する話題を

目にすることが多い週になった。



 

「学校に行きたくないならば図書館に」とか

同じく「動物園に」なんていう記事も見た。

 

人生に選択肢が沢山あることは良いことだと

思うので「居場所」が色んな所に用意されるようになったことは

とても良いことだと思っている。

 

ただ、私はこうも思っている。

 

「学校に行こうとして行けない子」はそもそも「体が動かない」。

 

自らは頑張ってどうにか体を起こそうとするのだろうが

それすらも叶わない状態のことが多いように感じている。

 

これは私の感覚的な思いだが、脳が感じるよりも、すごいスピードで

腸がストレスを感じて、結果、腹痛だったり、頭痛だったりの

諸症状を誘発し「体フリーズ」に導いている気がするのだ。

 

肉体の方が精神よりも早く反応するってイメージだろうか。

 

それから、じわじわと脳内でも反応が起こり

少なくとも午前中は罪悪感やら、不甲斐なさやら、言葉ではうまく

表現できない漠然とした不安感やらとの戦いになると思う。

 

そんな中で行ける子は全然、行っていいと思うが

学校とは別の「正しい場所」に、無理してまでは行くなと言いたい。

 

親は「何もせずにダラダラしている」ことに憤慨するだろうが

子ども自身、何も感じていないわけではない。

 

ある人が企画会議での話をしてくれたことがあるのだが

改まった会議で良いアイデアは出た試しがないのだそうだ。

 

それはくだらない雑談の最中に出るらしい。

偶然、みんなで盛り上がったことが

「それ、面白い!」ってことに繋がっていくことの方が多いのだそうだ。

 

また、これは研究者の人に聞いた話だが、研究室であーだこーだと

悩みながらも、完全に行き詰まったときにありがちな話らしいが

 

夜、眠っている時(熟睡ではなく、リラックスして目をつぶって

いるって時だと思う)に、フト閃いて「これかーーー!!??」って

思い付く瞬間があるという。

 

私も書籍の企画やら、文章自体が煮詰まった時にはどうするかと

言えば、机から離れて、他のことをしている。

他のことをしていても、常に意識はぼんやりとだが問題にフォーカス

されているのであるが、歩いている時、寝ている時に

「あーーー!!??」ってことが起きたりする。

 

もう一歩も進まないという「小人待ち」状態

(※一文字も書けなくなり、自分はもうダメ、締め切り落とす恐怖で

がんじがらめになった時に顔を出す思想。自分が眠っている時に

「靴屋の小人」が出て来て、起きたら、原稿が仕上がっていることを

夢想している状態)

 

の時に、不思議と「天から文字が降って来る」ことがあるのだ。

(しかし、小人は常時発動はしないらしい)

 

つまりだ。

 

他の人が見たら、私はその時、なーーーーんにもしていない。

生産活動らしきものは何もしておらず、ただ無駄に息を吸ったり吐いたり

しているだけだ。

家事をしているわけでもないから「無価値」そのものなのだ。

 

学校に行かない(正しくは「行けない」のだが)子の親が目にする

わが子の姿は、この時の私のような「怠惰な態度」そのもので

「生きる価値なし」認定がくだるだろう。

 

しかしである。

私は、そういう彼らにこそ、可能性を感じている。

 

彼らの脳内、或いはもっと深い第2の脳である腸内で

何を感じているのかは、親と言えど、他人にわかるわけもなく

 

そこで彼らが意識、無意識を問わず、考えていることが

無駄だと誰が言えよう。

 

「何もしていない時間を過ごせる人」はこの世にいない。

 

あなたが同窓会で名前もよく思い出せなくなっている人たちに

囲まれ「今、何をしているの?」

「お仕事は?」「趣味は?」「休日はどうしているの?」

「実益になるようなことを何かやっている?」「運動は?」

みたいなことを聞かれたら、どうだろう。

 

「何かに打ち込んでいる人」が偉く、「何もしていない人(特に

人様に言えるほどのことはしていない)」は無価値のように

あしらわれたとしたら、やはり、それには違和感を持つのではないだろうか。
 
 
日本は「何かをやり、どこかに所属しなければならない」強迫観念に満ちている。

 

多分、朝、起きられないわが子はこれと同じ違和感を持っている。

 

ここを責めても何も解決しない。

 

人は動き出すことが良いことで、動かないのは罪だくらいの

意識になりがちだが

 

再び、動き出すためには、何度か立ち止まったり、フリーズしている

ように見える時間が必要なのだと思う。

 

まずは「ああ、この子は今、体の中で目一杯、何かの答えを

出したくてもがいているのか」くらいの感覚でいた方が

親子双方にとって、痛みが少ない。

 

もし「動かない子」に怒りの気持ちをぶつけてしまいそうな

衝動をこらえている親御さんは

 

「何もしないことを一旦、許そう」

 

こじれていくのは「許しがなく」緊張の糸だけを張り続けている

ご家庭になる。

 

「何もしていない時間こそが新たなものを創る可能性を秘めている」と

いうことを意識して、新学期を迎えてほしいなぁと思っている。

 

 

 

 

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