母が「毒」ということに気付くのが遅すぎた


 先ほど、朝日新聞デジタルで連載中の介護体験記(全3回の2回目)が

アップされました。

 


 

↑「毒母」に支配され続けた日々 みとりを決断したけれど
 
 
 

 

内容的には「死」と「毒親」がテーマなので、読んでも

気分悪っ!!ってこと請け合いです(笑)

 

怖いもの見たさの方はどうぞです<m(__)m>

 

ここからも「毒母」についての話になるので

気分を害されそうな方は下に読み進めてはいけないです。
 
 


私は幼い時から、多分、親のことはある面、冷静に見ていたところがあって

特に母に対しては「変だなぁ・・・」とずっと感じてはおりました。

 

何か母独特のものすごい偏見に満ちた価値観があって

でも、それに一貫性があれば、まだ良かったのかもしれないのですが

それは母の気分によって天地が逆転するという摩訶不思議なものでした。

 

私から見ると「常に不満があり」「その不満を解消するために」

「怒る理由を探している」という状態で24時間365日を

過ごしているかのようでした。

 

それをよそ様にぶつけるのは、さすがに常識的ではないと

思っていたのか、他人様には完璧に「素晴らしい人」でした。

 

それは家庭内のことだけだったのです。

 

朝日の記事にもあるように、私にはどこに地雷が落ちているのかが

わからないので、踏まないように細心の注意をするのですが

 

爆発したくてたまらない地雷には勝てるわけもなく

暴発地帯になっていたわけです。

 

ただ、私はそれを避けるに一生懸命だったため

母自身をあまり深く考察することはしてきませんでした。

 

まあ、どこかで「母は私のためを思ってやっている」と信じて

いたんですよね。

 

それが母に介護が必要になり、頭もあれれ?になって来る内に

母が今まで巧妙に隠していた「本音」が見え隠れするようになり

 

「えーーー!!??もしかして、母は私のことなんか全く

考えていなかった!?」ってことを認めざるを得なくなってきました。

 

もしかして「サンドバック代わり?」疑惑が拭いされなくなったのです。

 

まあ、例を出すとすれば、母は大昔から「りんこが小さいから

離婚できなかった(そのせいで私はこんなに不幸。

りんこのためにしなかった偉いアテクシを崇めなさい)」

 

「りんこを子どもがいない親戚が養子にしたいと言って来た時も

このアテクシが全力で断ったため、りんこはここに居られる

(感謝しなさい)」

 

という「感謝のゴリ押し」をしてくるわけです。

 

小さいのでダイレクトに「そうなんだ、ありがたいことなのか。

だったら、可哀そうなお母さんを私が守ってあげなくちゃ」という

風に刷り込まされてきたわけですね、今、思うと。

 

私の結婚後もそういう状態でしたが、まあ徐々に「変じゃね?」とは

思うようになってきました。

私自身が子どもを育ててみて「感謝しろ」とは思えないなぁと

いう実感を持つようになったからです。

 

子どもが私を選んで生まれて来たなんておこがましい。

わが子は私が望んだ結果であって、わが子自身が望んで生まれてはいない。

子どもは親を選べない。

だからこそ、親は責任を持って、子の自立まで育てるのは当然で

褒められるものでも、感謝されるものでもないってことが

すっごくわかるようになってきたってことです。

 

こういう細かい価値観の差が半世紀もの間、私自身の違和感に

なっていたんだなって認識できたのは介護が始まってからなんです。

 

そういう意味では介護は私にとって必要なことだったのかも

しれません。

 

長い期間「考察」が出来なかったので、私は母の最期まで

母に対しては「千一夜物語」を話して聞かせる娘だったと思います。

 

アラビアンナイトのお姫様は王様に夜通し、王様を喜ばせる話を

しないと首を切られて死んでしまいます。

 

首を切られることはないにしろ、母のご機嫌を損ねようものならば

ものすごい暴風雨が吹き荒れるので、常にご機嫌伺いをして

小春日和とはいかずとも、ハリケーン状態を避ける一大ミッションが

あったのです。

 

「紙一重、娘は自分よりも不幸でいてほしい」という母の願いを

叶えるためには自虐ネタに走るわけですが

 

母は「本当にあなたはどうしようもない」と楽しそうに

しておりましたが、それでも私には暴風雨よりは遥かに楽だったのです。

 

母はただの一度も私のことを褒め、認めることはしませんでした。

常に「叱責のネタ」を探されていたように思います。

 

だからこそ「りんこはいい子ね」でも何でも良いのですが、

たった一回でいいから認めてもらいたかったという心の叫びが

介護に異様にこだわったことに繋がったかなって思います。

 
単純に言ってしまえば「褒められたかった」一回でいいから。

 

愛情溢れるご家庭に育った方にはわかりにくい内容かと思いますが

まあ、こんな感じで、結局、突然、終止符が打たれたような

展開になりました。

 

今、思い出しましたが、笑い話です。

 

母が亡くなる半年くらい前ですかね、私は小さな仕事ですが

「頑張った」という記念にナイロンバッグを新調することにしました。

 

もちろん、私自身が稼いだお金で私の意志で買うものです。

 

私は一計を案じて、こう作戦を立てました。

 

「今持っているバッグはピンク。新調するバッグを違う色にすると

目ざとい婆さんにまた、なんだかんだ言われる。

そっだ!新調するバッグも同じ色合いのピンクにすれば気が付くまい!

アタシ、あったまいいーーー!!!」

 

そして、似たような色合いのバッグで母の元に行くことになりました。

 

母は私を見るや否や、こう言ったのです。

 

「りんこ!また、同じようなバッグを買って!!(怒)」

 

あちゃーっ!! しくじった!!と思ったのは私です。

 

半分、呆けてるくせに、この洞察力ったら何なんだ!?

 

と、最早、脱帽するしかありませんでした。

 

結果はどういう道を選ぼうが「叱責」と「批判」です。

 

こういう細かいことの積み重ねで母娘の歴史が築かれてきたという次第。

 

「自分さえも愛せなかった」母は、生涯、ものすごく恵まれていたことに

目を向けられずに「不満」中から一歩も出ようとはしませんでした。

 

私は人には生きるミッションが必ずあって、それは誰にでもあるもので

人生の長い短いには関係ないけれども、それに気が付くか、気が付かないかの

差はあるなと思っています。

 

いつか、私はこの母との問題に決着をつけるために

「毒母からの解放」をテーマに書かなければならないと感じています。

 

今回、朝日新聞社のインタビューを受けたのは

 

「終末期をどうするのか」という問題提起ももちろんありますが

同時に「毒親」に悩む娘たちに対して何かを発信していこうという

決意の表れです。

 

「ご恩を受けた親に対して何たること!」

「親御さんだって、きっと、娘さんに感謝しているわよ」

「亡くなった人を悪く言うなんて・・・」

 

とおっしゃる方、おられると思います。今までも沢山、言われてきました。

 

でも、普通の感覚ではない、親に向かない人間がいるってことも事実で

 

じゃあ、どう子どもを育て、もっと言えば、どう生きるのが

幸せに繋がる道なのかを探っていきたいなぁって思っています。

 

これを読んでご不快になられた方、大勢いらっしゃると思いますが

そういう方には、ひたすら申し訳ないですが

 

「りんこもそうだったの?私もだよ・・・」って心がチクチク

されている方がもしおられましたら、ご意見、お聞かせくださいね。

 

朝日のインタビュー記事は来週も続きます。

もしよろしければ、当ブログと連動させながら、読んで頂けますと

大変、ありがたく思う次第です。



 

コメント

  1. ぜんまい侍ジャパン2017年9月15日 8:53

    前回のブログで中一娘の縁切り反抗期にコメントさせて頂いた、ぜんまい侍ジャパンです。おはようございます。なんかわかります。うちは祖母がりんこさんのお母様に似てたかな。バッグのくだり、本当なら赤でも黄色でも青でも、りんこさんが一番気に入った色を買えばいいんですよね。でも、同じようなピンクを選ぶ・・・。りんこさんでもやっぱり最後のほうまでお母さまにどこか支配されてたということのあらわれですよね。

    親に感謝か・・・。私、娘にどこかで「受験の時にこんなにお金と労力使ったのに!」という思いがどこかであったんでしょうね。だから、反抗期が来た時に「なによあんなに恩を受けといて!ムキー!」みたいになっちゃったんだろうな。愛する娘のために、自分が好きでやったこと。そう思うようにします。いろんなことを気づかせて下さって、ありがとうございます。でもいつか、娘が反抗期を抜けて、前のように「ママ大好き」っていう気持ちを持ってくれるといいな。

    最後に一言。ずっとブログ拝読していましたが、お母様の介護、本当によくやっていらっしゃいましたよ、りんこさん!あんたはエライ!!(スミマセン、スミマセン)

    お母さまは亡くなっちゃったけれど、私が褒めちゃう!・・・私からで、すみません、、、。

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    1. ぜんまい侍ジャパンちゃん
      まずおもろすぎるHNに爆笑しました。
      ぜんまい侍って?ぜんまいって?(笑)
      なんか癖になる名前で、いいね~~!!!
      ネーミングセンス、最高っす。

      で、褒めてくださりありがとうございます!!
      嬉しいわん♪

      母は家族の中でもターゲットを決めて、その人だけを
      巧妙に支配していくので、支配された方は
      「こうされた!」と訴えても、信じてもらえないってことが
      往々にあったんですよね~。

      そういう意味では極めて賢い人だったのかもしれません。
      今では、そういう診断名が付くような病気だったのでは?と
      思えますが「こちらが悪い」と洗脳する腕が半端なく
      あったので、長い間、気が付きませんでした。

      「褒められたい」というよりも「今日こそは認めてほしい」って
      ことの繰り返しで「ああ、今日もダメだった」って
      がっかりして帰ることが多かった、特にこの10年は
      メンタルがしんどかったです。

      成人するまでのお嬢さんにしてあげられることって実は少なくて

      無条件で衣食住を保証することだけです。

      もしお嬢さんが将来、お母さんのことを本当に
      リスペクトできるかどうかの分かれ目のひとつが

      お嬢さんがもし進路や自分の夢を欠片でもいいから
      口にした時に、無条件で「いいじゃない、やってみれば?」と
      言えるかどうかがひとつの踏み絵になると
      私は思っております。

      子ども自身を信じてあげていないと
      そして、ある程度、自分自身に自信がないと
      言ってあげられない言葉なんですよ。

      是非、残り5年間はこのことに注視して
      お嬢さんの出すサインを見逃さないようにしてみて
      くださいね というのが私からのアドバイスです。

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  2. りんこさん、同じようにチクチク感じながら読みました。
    感情的になるまいと思いますが、
    重なる所が多いです。
    私は母が亡くなって、もう既に15年近く経ちますが、いまだに[母を理解出来なかった]と言う想いでおります。
    親に向かない人もいるのです。
    りんこさんの発信は貴重です。
    これからも読ませていただいて考えていきたいと思います。

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    1. コメントありがとうございます!!

      そうですか、15年経ても、チクチクしますか・・・。
      もう、一生ものになるんですかね~。

      わかりやすい育児放棄とか、虐待とかだと
      そっちの方が周りも理解してくれるし

      さすがに子どもも気付くと思うのですが
      「真綿のような支配」は子どもが「親心」と勘違い
      してしまうことに罪の根深さを感じています。

      私は「親子は1世」だと言われる言葉に心底、ありがたみを
      感じる次第です。

      あ~、語り合いたいわね~~

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  3. ももんがです。
    胸が痛くなりながら読ませていただきました。
    毒親のことは毒親育ちにしかわかってもらえないということに気付いてまいりました。今さらですけど。
    私はカウンセリングを受けています。傷付いてきたこともわからなく、ごちゃごちゃになって発狂寸前でした。私の場合、現在進行形で50代の私が80代の母に支配され、フリーズするのです。そしてそういう人間関係をどこにでも当てはめて生きてきたということにやっと気付いてきました。

    だから、いつも苦しいんだ…と。私は相手を強くさせてしまうのです。だから誰でも怖くなるのです。

    大学生になった娘もいつか、自分が異様な状況で育ったことに気付くのでしょう。

    中学生の時に反抗してくれたから、私は無条件に認める、口出しをしないという方向の子育てへ必死にシフトチェンジをはかりました。なんとか毒母の連鎖を防げたのかと…それはとてもとても苦しく、よくぞ生きてきたと自分に感心しますね。

    「ママはなんにもできないけど、干渉しないし、子どものために人生生きてきたと思うよ。ママの放任育児、好きだよ。自由にさせてくれてありがとう」と言ってくれる娘は天使に見えます!

    「なんにもできない」が余計ですけど、必死な子育てが少し報われました。

    りんこさん、私は親に会えなくなったどころか電話の着信にも怯える日々です。世間的には酷い娘でしょうけれど、カウンセラーの助言もあり、向き合う力が私にはないのだから会うべきでないのです。こんなに必死で生きていても母の一言で一瞬にして精神壊されます。そのように積み重ねてきたのです。

    私は娘を守りたいのでもう壊れたくありません。

    いつも暗いのでごめんなさい。

    書くと暗いのですが平常時には面白い人として生きています。カウンセラーに楽しいこと、面白い
    ことなんでもやっちゃいましょうと言われました。

    私は楽しむことに罪悪感があったのです。そしてそれはそのように洗脳されてきただけで、私は楽しんでいいのです!

    介護を頑張っていらっしゃる人には不愉快な内容だと思いますが、毒親からは逃げるしかないのだとわかってきました。

    そして母には褒められなかったけれど、娘が、友達が褒めて認めてくれるのだからそれでいいと思うようになってきました。

    りんこさん、ぜひ毒親に苦しむ人たちのために書いてください。私は励まされました。ありがとうございます。

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    1. ももんがちゃん、苦しい胸の内を教えてくれてありがとう。

      私はももんがちゃんの文章、好きだよ~。
      才能あると思っています。
      色んなこと一杯感じてきた人だなぁって
      行間からにじむんだよね。

      着信にはマジに怯えるよね。
      出ないと出ないで大変だし、出ると立ち直れないし

      なんだろうね、支配者と支配される側の立場が未来永劫
      変わらないって感じ。

      よくさ、北朝鮮の人も立ち上がればいいとか言うじゃん?
      それとか、レイプ被害なんて、本気で拒めば大丈夫とかさ

      どんだけ恵まれた環境からの発想だよって思っちゃうんだよなぁ。

      そもそも、うちらフリーズして、何も考えられないんだよね。

      毒母が不安から暴走しているのはわかるんだが
      不安台風の中に常にいると、目が回って自力判断が
      できないよね。方位磁石が壊れるって感じ。

      ももんがちゃんは少なくとも、お嬢さんに連鎖させまいと
      高校からは頑張ったからさ、それだけでも
      偉業だと私は思うよ~。

      お互い、ちょっと頑張って、この気持ちをどうにかしないとね。
      エール、ありがとね!

      削除
  4. りんこさん、私のことを書いているのかと思うほど、よく似ています。
    ただ、私は今も真っ只中にいます・・・
    母も祖父の呪縛の中生きてきて、祖父の一挙手一投足にびくびく怯え、無理難題も受け入れ続け、
    そのストレスの捌け口を「祖父の悪口」として小さな娘の私にぶつけ続け「私は祖父みたいにはならない!」と言い続けた人でしたが、
    今思えば、その時点ですでに娘である私への呪いをかけていたのでしょう。
    子ども心に、母の地雷を踏まないようにびくびく怯え、地雷の一つであった「父と仲良く話すこと」も極力避け続ける幼少期でした。
    母は不幸な運命に巻き込まれた弱い可哀そうな人だと思っていたのです。
    母自身がそう私に言い続けていましたから・・・

    ところが、介護生活が始まり、親戚や母の古い友人から話を聞く機会が増えて、本当の母の姿に気が付きました。
    とても気が強く、束縛力が強く、自分が中心でないと気がすまない若き日の母・・・
    そんな母の姿を知り、いろいろなことが一本の糸のように繋がった気がしました。
    母にとっては、何よりも自分自身が一番で、娘は愛すべき存在ではなかったのだと・・・
    気づいていたけど、認めたくなかった事実。

    認知症の気配がしてきた母ですが、あちこちに残る私への恨みつらみ、
    病気になったこと、痛いこと、要介護状態で何度も入退院していること、思うように体を動かせないこと、全てが私のせいなのだそうです。

    すみません。つい自分語りをしてしまいました。
    とにかく、りんこさんのこういう突っ込んだお話で、すくわれる私のような人もたくさんいると思います。
    白い純粋に優しい気持ちも持つ幸せな人は、そのまま気持ちを浄化できますが、
    黒い気持ちを持ってしまう人は、罪悪感と表裏一体ですから、常に苦しんでいます。
    りんこさんの言葉は、そういう気持ちをほんの少し溶かしてくれる言葉です。
    ありがとうございます。

    いつか、りんこさんと直接お会いしてこういうお話が出来る日が来ますように・・・。

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    1. あ~、なんてこと!
      双子じゃないだろうか!?

      相手がまだ元気な時にこのからくりがわかっていたら
      まだしも、敵?は既に認知症で、性格は更に悪くなり

      介護している人間に暴言をぶつけるからね~。

      もう本当に疲れているでしょう?
      適当にしなよって言っても、ダメなんだよね。
      罪悪感と嫌悪感の狭間でこっちが死にたくなったし。

      とりあえず、ご連絡いただけるとありがたいです。
      話そう!

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  5. りんこさん、よくぞこの話題で書いてくださいました!
    世間から勘違いされやすい話題で反感多数を恐れずに!
    母と娘の関係  これは私の人生のテーマであります。
    家族という言葉が、嫌いです。
    寒気がします。
    母のことは誰に言っても、単なる愚痴ということになり、
    説教受けるだけですね。
    うちの母の場合は、「聖母」を演じ、
    その道徳観をあたかも自分が貫いているかのように、私に説教します。
    「自分の素晴らしいふるまいや、美しい心」 そして
    「自分がいかにかわいそうか」を延々と語り、私は、自己嫌悪。
    そして、どうしたら認めてられるか、を常に考えている。
    7歳の自分から50歳超えた今までずっと同じ。
    支配されていることにきずかずに支配されてきました。
    しまいには、自分で何も決断できなくなっていた。
    支配から逃れたいのに、自分からゆだねてしまう、、。
    恨んでいるのに、頼ってしまう。 ピンクのバッグの一件のように
    母にどう思われるか、ということが決め手。
    結婚相手を決めるときまで、、。 
    ももんがちゃんの
    私は楽しむことに罪悪感があった
    という話に、深くうなづいちゃいましたね。
    りんこさんのお母さまはお亡くなりになりましたが、
    もしかして、今でも、見えない糸でしっかりとお母さまにぐるぐる巻きに
    されているじゃないですか? 母の強い支配という力は、
    生命が途絶えても、健在な気がします。

    そして今、最大に恐れていることは、自分の娘に対して。
    私も、毒母になりませんように!
    と神様に祈ってます。 でも、なんか同じ道を歩んでしまいそうで、
    怖くて、怖くて、、。 

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    1. えーーーー!!??
      まきみきママちゃんが!?
      全然、わかんなかったよ、ごめんねー。

      私はホントにかなり長い間、子どもを毒母と同じように
      育てていたような気がして、もう怖くてたまらないです。

      そうなんだよね、
      楽しむことに罪悪感があって、心から何かを楽しむことが
      全く出来なかったんだよなぁ、長い間。

      自分が何が好きかもわからなかった。

      まあ、今も呪縛バリバリよ。

      楽しそうにしてたら、怒られるんじゃないかと思うもの。
      死んでいるのに、その瞬間は生きてるんだよね。

      まきみきママちゃんとも語り合いたいわね~。
      教えてくれてありがとね。

      削除
  6. りんこさん、私は母を捨てました。
    ちょうど震災の頃でしたか、母は私の家庭の中にズカズカと入って来て、そこでも中心にならないと気が済まない人でした。
    このままだとやっと手に入れた家庭を壊されると、言い知れぬ恐怖を感じ、もう周りから鬼だ悪魔だと誹られようとも、全く構わないと決意し、母に行き先を告げずに引っ越し、携帯も着信拒否しました。
    しかし、未だに執念深い母は探偵などを使って私達の居場所を突き止めるのではないか、何かあったら娘だからという事で、病院や警察から電話が来るのではないかとの恐怖から、電話帳に登録していない番号からの着信には一切出られなくなりました。
    いまだに色々夢を見ます。
    早く…いなくなってくれればどんなにか心休まるか、というのが本音です。

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    1. おでこちゃん、そっか、そっか。

      カウンセリングの先生たちは「絶縁」やら「一切の没交渉」を
      必ずと言っていいほど、勧めるので
      おでこちゃんは正しい!とみました。

      早くいなくなれ・・・うん、うん、すっごくよくわかります。

      しっかし、なんかね、呪縛って本人がいなくても
      術にかかっているってゆーか、もう本当に根深くって
      うんざりします(ごめんね、悲観的なこと言って)

      おでこちゃんが怯えなくて済むような「無の境地」に
      なるといいなぁって思っています。
      教えてくれてありがとね。

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  7. 毒親本はたくさんあります。いろいろな毒親本を読み漁った方も多いでしょう。
    そのなかで私が一番好きなのは、斎藤環さんの「母は娘の人生を支配する なぜ『母殺し』は難しいのか」です。著者は男性の精神科医で、男性からの目線なので、読んでいてズブズブと沼の底に引き込まれそうな同質性がなく、わりに精神的に安定して読めます。
    あとやはり、斎藤環さんの対談集「母と娘はなぜこじれるのか」もオススメです。対談相手に、萩尾望都さんがいらっしゃるのです。

    もう知ってるわという方もいらっしゃると思いますが、お読みになってない方には、是非。

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    1. ご紹介してくださりありがとうございます。

      どなたかの参考になるといいですよね~。

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