これが母なのか 特大の紙おむつ、病院でもらいニコニコ


 標記、タイトルの鳥居りんこインタビュー記事が朝日新聞デジタルで

アップされました。
 
 
 


 

「これが母なのか 特大の紙おむつ、病院でもらいニコニコ」


 

こちらは昨年の今頃、4回シリーズで実母の介護についての思いを

語ったものの続編に当たります。

 

このブログをご愛読いただいている皆さまの中には既にご存知の

方もおられるかもしれませんが、実母はこの春、約10年という

国指定難病生活を終えまして、旅立ちました (享年84歳)。

 

「迫りくる母の死」を娘として、どう捉え、どう終着を目指し

どう心の折り合いを付けていったのかということを

 

梅雨がまだ明ける前に朝日新聞の記者の方のロングインタビューで

語っているものになります。

 

掲載が遅れたのは、記者の方と私で悩みまくったせいでもあります。

 

救いのない話をどう伝えればいいのか、何を読者の方に問題提起

していけばいいのか、私自身もまだ全く立ち直ってはいない混とんと

した状態でのインタビューですので、混乱しているという中での

「思い出話」になります。

 

今のままでは「老人介護」で破滅する人が沢山出てしまう。

 

「長寿と介護」についても矛盾だらけで、もっと私たちは

「死」から逃げずに、よく見て、そして考えて、それを

制度でも医療でも、色んなところの不具合を改善すべく

落とし込んでいかないといけないって思っています。

 

「人はどう死ぬべきなのか?」

「家族とは何か?」

 

そういうことを逃げずに正面から取り組んだ記者さんとの

「共同作品」になります。

 

母が亡くなって5カ月が経ちました。

 

今日、地元のある年配の人から

「りんこさん、あそこのカフェ知ってる?

私、スーパー銭湯に行って、回転ずし食べて、あのカフェに娘と

行くことが何よりの楽しみなの。

私、それをゴールデントライアングルって呼んでいるのよ」

と笑顔で言われ

 

私はその瞬間「そっか、年配の人はそれで喜ぶのか。今度、母を

連れて行ってあげよう」って思ったんです。

 

そして次の瞬間「そっか、もういないんだっけ・・・」と思いました。

 

その繰り返しの日々を送っています。

 

母の色んなところが大嫌いなんですが、それでも、こんな風に

思ってしまうのは何なんだろう?って考え込んでいます。

 

持てる限りの力で思い残すことはない介護をしたと思っていますし

私は母にとって、ずっといい子でした。いい子過ぎました。

 

それでも、思います。

 

「もっとやれることがあったのでは? この選択は間違いだったのでは?」

 

インタビューは死に向かっていく、救いのない話ですが

母と言えども、自分以外の人間の生命を事実上、カットオフして

しまった意識は言葉に出来ません。

 

 

3回シリーズですが、もしよろしければアクセスの上

朝日新聞社でも良いですし、ここでも構いません。

ご感想なりご体験を寄せていただけると嬉しいです。

 

 

 

コメント

  1. 私も今、母を自宅介護しています。母は杖をついて手を引かねば歩けませんが、家の動線がいいので、最低限手摺をつけただけで、家のなかは何とか歩けます。
    病院は田舎なので総合病院はなく、個人のかかりつけ医。内科、脳外科が月1回、精神科が半月に1回、歯科が随時訪問診療ですね。母は高血圧くらいで大きな病気がないので、介護や通院はそんなに辛くないですね。
    自宅介護に拘りのはお金がないから。母は年金以外に全く財産を持たないんですね。でも性格的に優しく我慢強く、他人の悪口など決して言わず、認知症もないので、あとトイレにいけるので、自宅介護がやっていけますね。
    それからケアマネージャーと通所施設がとてもいいんです。あと、私の3人の娘のうち、二人が4月に1週間違いで娘を産んで、里帰りで2ヶ月いたり、LINEで写真を送ってくれたり、愚痴やおしゃべりしたりが気分転換になっています。
    何とかこの状態を保ってくれたらなーと思っています。

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    1. そっか、そっか。ご自宅介護中でしたね。
      やはり、介護される方の人間性だったり、家族との
      今までの関係性が大きく作用するのかもしれないですね。

      良好で何よりです!

      お母様はじめ皆さんが「楽しい」って毎日で
      あられますように。

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  2. いつも拝読させていだだいております。りんこさんのブログから沢山の気づきと元気をもらっております。ありがとうございます。昨年、兄と父を見送りました。兄は病気後、植物状態で約9か月過ごした状態でした。どんな状態でも生き続けてほしいと思う両親に、医療従事者である自分は、延命治療は少しずつ減らしてといこうと説得ておりました。その矢先に父が亡くなり、後を追うように1週間後兄がなくなりました。私は遠方で一緒に姉が住んでおりますが、結局だしたのは口だけでした。何もできないのに、偉そうに口だけ出しました。そのことは、一生忘れることはないと思ってます。幸いに、残された母は、何とか元気に過ごしてくれております。今後、介護が必要になったりした際にりんこさんの著書を姉と一緒に参考にしたいと思います。どうすれば一番良かったのか?と考える時多しです。

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    1. コメント、ありがとうございます。

      なんてことが・・・。お辛かったですね。
      本当によくご決断されて、看られましたね。
      頭が下がります。

      きょうだいというのは中々、難しく

      やらない奴ほど「おまえがよくもそんな口が叩けるね!?」
      ってことを平気で言ったり、やらかしたりして

      介護そのものも体力的にもメンタル的にもきついんですが
      外野の心無い声に相当、疲弊すると実感しています。

      言われた方は忘れるわけがないですよね。

      このシリーズでは「どうすればよかったか?」を
      読者の方とご一緒に考える形になっております。

      もしお母さまと終末期を腹を割って話せるようなご関係
      ならば、私はお母さまの希望をお聞きになっておいた方が
      「どうすれば」がなくなるので、良いと思います。

      今は去年の出来事からの癒しが必要な時期でしょうから
      無理でも、少しずつ、大事なことを聞いておくという
      ことがやっぱり必要なんだろうなって思っております。

      命の決断を下した者の痛みは計り知れません。
      本当にお察しいたします。
      癒えることはないのかもしれませんが、それでも
      私たち、頑張りましょうね。

      ご体験談、聴かせてくださりありがとうございました!

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