24時間テレビ 「山下弘子ドキュメンタリー」見てね!→追記



           ↑ 2017年の6月の結婚式の1週間後、SPAに
           一緒に行ったので、個室内を撮ろうとしたところ
           いきなり、カメラの前に乱入して、おどける弘子ちゃん 


私が言うのも何ですが、24時間テレビの特集をご覧頂いた方、

ありがとうございました。



う~、やっぱり映像で見てしまうと、今度は津波のように

後悔が押し寄せてしまって

ただただ、取り返しのつかないことをしてしまったって

思いしかないです。

これは弘子ちゃんに一番、思う気持ちですが

旦那様にも、ふたりのママにも、パパにも、ごきょうだいにも

親しいお友だちにも、恩師の先生方にも、謝り切れません。

世の中から、決して失ってはならない人、なくてはならない人って

解りすぎるほど、解っていたつもりだったんですが

なんで、あの時、京都に行こう!って誘っちゃったのかなって・・・。

しかも、私は鈍感すぎて、その日が事実上の最後の笑顔になるなんて

思ってもいなくて、なんで気が付かなかったんだろう・・・って。


私が余計なことをしなければ、今もきっと元気で

色んな社会貢献を成し得ていたと思っています。

これは、弘子ちゃんを応援して下さっていた方々にも

本当に申し訳なく思っています。



弘子ちゃんが世に出るきっかけになった講演会で

ノーマ・コーネット・マレックさん(佐川睦さん訳)の詩を引用していました。

https://www.sanctuarybooks.jp/saigodato/poem.html

「最後とわかっていたなら」って詩です。


弘子ちゃんから、その意味を繰り返し、聞いていたはずなのに

やっぱり、全くわかっていなかったって思いも込み上げてきて

どうにもなりません。



弘子ちゃんは、本当に、聡明で、賢くて、頭の回転が速く、人の痛みに敏感で、

人の弱さへの共感能力に優れ、出会う人を次々と虜にしていった、

類稀な素敵な女性です。


メディアでも彼女自身が言っているように、確か、小学5年生の時に

日本の小学校に転校してきたんですね。

当時は、日本語、全く、意味不明だったそうです。

その時の、壮絶な苦労話も沢山、教えてくれました。

生まれ育った環境とは違う土地で、一からどう自分自身のアイデンティティーを

構築していくのかの物語もまた、多様性やグローバル化を謳う、今の社会への

ものすごいヒントになるよなぁって私は感心しながら、聞いていました。


癌を克服した後は、こっちの方面、例えば、教育界とか政界とかでも

大活躍できる人なので、どんなにか社会に役立つ人になるだろうって

私は楽しみにしていました。


どんなに悪い数値を見ても、治るって、治らないにしても、少なくとも共存は

していけるって、私も弘子ちゃんも信じることにしていました。


「社会で役に立つ」でひとつ、思い出しました。


京都の地理が全然、わからないので、どの辺を通った時のことなのか

説明できないんですが、京都に出かけた2月、確か川が流れていて、

「この橋をまっすぐ行ったら京都大学」って弘子ちゃんが教えてくれました。

そして、弘子ちゃんはこう言ったんですよね。


「あーあ、京大、入りたかったな・・・」

ニュアンス的には合格圏内で、まさかの不合格だったという風に受け取れたので

「受けれるだけ、すごい!」と素直に感心していたんです。

(私には何度、生まれ変わっても無理ですから!)


だって、当時、弘子ちゃんは18歳か19歳です。

日本語を全く解していない状態から、わずか7年ほどで

京都大学って・・・。

数学得意のリケジョで受験したから、大丈夫なの♪って

笑っていましたが、いやいや、そういう問題じゃないだろう!?って・・・。


私は、その時も、コイツは聡明にも頭脳明晰にも程がある!?って

褒めてるのか、呆れているのか、分からないリアクションを取っておりました。


なんでも、弁護士になって、立場が弱い人を助けてあげたかったってな

ことをおっしゃっておられたことがあります。



アフラックのCM撮影の時のことです。

すごい血痰が出ていて、顔色も悪くて、とにかくしんどそうな朝でした。


でも、ホテルにお迎えが来たら、いきなりスイッチオンで、それからは丸1日

関係者の方、メイクの方、スタイリストの方、更にはエキストラの方

すべてに、ものすごく気を遣うんですよね。

もちろん、陰では血痰出まくりでした。


でも、周囲の人には煌めくような笑顔で、ただただ心配させまいと

気を遣って、それどころか、楽しい話題を振り撒いて、その場を一気に

明るく染め上げていました。


そういう気の回し方、周りの人をハッピーにさせていく能力は

天下一品でしたし、本当のプロフェッショナルだったと思います。


メディアに露出することは、すごいストレスを生むことにも繋がるので

心身ともに疲弊した部分は否めないとは想像しています。

そういう話も沢山、してきました。


けれども、やはり弁護士さんを目指そうとするくらいの正義感

(私が思うに、人間の原罪である「罪と罰」ということを

真摯に捉えていたんじゃないかなって、そんな気がします)が

備わっている、バランス感覚に長けた人なので


リスクよりも、誰かの何かの為に役に立ちたい。

目の前の人を笑顔にしたい!って気持ちがすごく強かったなぁって

思い出します。


話し出すと、弘子ちゃんのことはキリがなくなりますね。


いつも、私は弘子ちゃんに「おめ~、ホントは47(歳)だろう!?」って

からかっていたくらい、そのくらい、精神年齢が高いというのか

円熟しているというのか、菩薩のような面も、沢山、垣間見れました。

(もっとも、私に対しては、この、小悪魔め!ってこともありましたが(笑))


とにかく、こんなに年齢が離れているのに、教えてもらうこと

怒られることの方が多かったような気がします。

マジな相談に乗ってもらうことも、すごく一杯ありました。



こんなに大切だったのに、自分は何てことを・・・と

もう、これは、生涯引きずることになるとは思います。


ただ、今回の番組では出ませんでしたが、弘子ちゃんが

考えていた、より良くなる社会のためにっていう構想は

少しずつでも、実現に向かっていけるといいなっていう思いは

持っています。


今夜の番組をご覧になり、色んなご感想をお持ちになったと思います。

ただただ、弘子ちゃんの姿を見て下さり、ありがたく思います。


弘子ちゃんが願ったように、明日も皆さんが笑顔の1日を過ごせますように。


(追記終わり)

☆☆☆


今週末、825日(土)の2020分頃から

日本テレビの「24時間テレビ」内で「山下弘子のドキュメンタリー」が

放映されます。


 

皆さん、もしよろしかったら、是非、チャンネルを合わせてみてください。

 

25日は弘子ちゃんが天界に帰ってから5ヶ月目の日に当たります。

 

私は相変わらず、全く認めていませんし、なんだろう

いつも変わらず、会話できるような、傍にいるような感覚で

すごい近い存在っていうのは、昔も今も変わらないことが不思議です。

 

もちろん、後悔は波のように押し寄せて「あの時、あの時…」って

思っては「ヤバい!こう思うこと自体、絶対、弘子ちゃんに怒られる!」

って打ち消すんですが、やっぱりね、波はいつもいつも押し寄せます。

 

弘子ちゃんが倒れる半日前ですかね、私は弘子ちゃんと一緒に

小旅行をしていました。

 

夜遅くまで、一緒に機関銃トークをしていましたが、その中で

弘子ちゃんはご丁寧にも私の「葬儀式次第」を決めてくださって(笑)

葬儀委員長は任せろ!と豪語していたんです。

 

私たちはお互い、まだまだ生きるつもりでしたし、弘子ちゃんには

プライベートの本名である前田弘子としての夢と

そしてオフィシャルである山下弘子としての夢があって

その具体的プランも練られていて、未来はとても明るかったのです。

 

同時に、もちろん、常に「死」を身近に感じすぎるくらい感じて

いるので、遺言とも取れることも口にします。

 

最後の旅の中、私たちは生きることと死ぬことについて

沢山、話をしていました。

 

人は何故、生まれ、どう生き、どう死に、何処に行くのか?

 

今、この一瞬をどう生きるのか?

 

発病以来の6年間、弘子ちゃんはそれを常に意識していたように

私には思えます。

 

私は弘子ちゃんと出会ってから、弘子ちゃん自身が

「運命」を受け入れることと、受け入れられないという気持ちの狭間で

もがき苦しんでいる様をずっと見ておりました。

 

多分、私への愛情で、そのままを見せてくれていたんだと思います。

 

当然すぎるくらい当然ですが、激痛の苦しみの中、恐怖と理不尽と
 
無念と悲しみと怒りというような負の感情も沢山、見せてくれました。

 

メディアで切り取られていた「信じがたい思考の持ち主」という面も

もちろん嘘ではないですが、当然ですが、ひとりの女の子という部分も

沢山、沢山あります。

 

その時々で、プリズムのように、色んな彩を見せてくれて

そのひとつひとつが魅力的でした。

 

私は今、冗談ではなく、弘子ちゃんは「聖女」というのか

神さまのお使いのような立場だったんだろうなって思っています。

 

それゆえ、一般人には到底、耐えられないような苦しみが25年間の

人生の中でも数多くあったようにも思いますし、それを、何て

表現したら適切でしょうか、純度の高い透明な水のような穢れのない心で

 

結局、溶かして、浄化してしまうような、神々しいとしか言えない

心を実際に見せてくれる場面が何度もあって、私はただただ驚いていた

ことも沢山あるんです。

 

「いやんりんこさん、もっと褒めて~♪」っていう弘子ちゃんの声が

するようですので、違うこと、話します(笑)。
 
 
          ↑「そこの綺麗なお姉さん、目線下さい!」との
          私の声に、この笑顔。ここでも一杯、食べました♪ 
                           弘子ちゃんは食べ方がとても美しいんです。
          細かい所作が綺麗で、いつも感心していました。 
                         
  (2018年2月26日 京都でのランチにて・・・おフランス料理を食べました♪)         

 

私との別れの直前、私たちは舞妓ごっこをして遊んでいました。

 

さすがに私は舞妓はきついので花魁になったんですが

(花魁もきついべ!ってほっとけ!)

アイツ(弘子ちゃんです)はこともあろうに、ワタクシの花魁衣装選びに

無理矢理参加してきよってからに、こう抜かしやがりました。

 

「りんこさんはこの白!この白しかないです!!この白にしましょう!!」

 

私は桃色が良かったのに、白を強硬に推して、譲らないんですよ。

 

それでですよ、「えー?なんで白!?」ってブーたれたワタクシに

トドメを刺しよったんです。

 

「白をレフ版代わりにして、皺を飛ばさないと(見られたもんじゃない)!」

 

フン、アイツはそんなヤツなんです。

 

舞子屋のお姉さんが白をセレクトした私たちを見て、こうおっしゃいました。

 

「いややわ~。白が一番やらしいんですよ~。もう、やらし~♪」

 

弘子ちゃんと私はその後、しばらく「やらしい」って言葉をお互い

楽しく言い合いましたとさ。

 

アイツはそんなヤツです。
 
 
          ↑京都開運スポット旅の1コマ。
         時間の関係上、この絵馬を描けずにスルーしたと
         ずいぶんムクれておられました(笑)

          (2018年2月26日 京都 河合神社 鏡絵馬の前にて)

 

24時間テレビは何年か前にも弘子ちゃんに出演の打診がございまして

その時、私に電話をかけてきた弘子ちゃんが怒りながら、

こう言っていました。

 

「なんで、アタシがイルカと泳がなあかんの!?(怒)」

 

「おもろいから、泳げや!」って私は大笑いしてたんですが

結局、その企画は弘子ちゃん自身が断っていましたね。

 

24時間にはそんな思い出があります。

 

この度の24時間テレビ出演は、ご主人も制作者の日テレ関係者の方々も

迷いに迷った感が遠目にもわかりましたが、それでも、弘子ちゃんの思いを

叶えて行く方法を選ぼうと決断されたのだと思っています。

 

この24時間テレビの影響力で、弘子ちゃんがまず第一段階として望んでいた、

抗がん剤を打つ前に妊娠の可能性を残す、例えば卵子を凍結するなどの方法が

保険治療内で行えるような法案が通るといいなって、私も願っています。

 

これから先、弘子ちゃんが思い描いていた癌治療、治験情報などの

情報発信や、その心に寄り添うことなどなど、色んな夢の実現に向かって

様々な方々のお力をお借りすることになるかと思います。

 

私も微力すぎますが、乳母として、弘子ちゃんの思いをしっかりと

これからも伝えていけたらなって考えているところです。

 

どうか、皆さまは彼女が生きた証をご覧になって、今日という日、

今を生きる奇跡について、一瞬だけ、思いを馳せて頂けたらありがたいです。

 

弘子ちゃんが旅館の朝ごはんを自分でお代わりしながら

こう言っていました。
 
 
 
                ↑自らよそっている(普段は誰かによそってもらう)
                 超珍しいシーン♪

            (2018年2月27日 京都祇園の旅館での朝ごはん風景)
 

「おいしいーー!!りんこさん、おいしいね。

私、こんな幸せでええんやろうか?」

 

弘子ちゃん、私こそ、幸せな朝ごはんだったよ。

 

 

 

 

 

コメント

  1. 24時間テレビ、弘子さん、今これからですね、見ます!

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  2. 見ました〜。弘子さん、だんなさん、これからも輝いていて下さい。素敵な時間をありがとうございました。抗がん剤打つ前の卵子凍結など保険適用してほしいですね!その辺もほうとうして欲しかったが、やはりテレビって、時間が足りないのでしょうかね

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    1. アメジストセージちゃん

      ありがとう!
      そうだよね~、やっぱり時間の制約って大きいのかもしれないですね。

      まあ、これで終わりではないでしょうから
      一歩一歩、進んでいくといいなぁって思っています。

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  3. 緋牡丹です。
    りんこさん、情報ありがとね。
    弘子さんの特集、観られました。

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    1. 緋牡丹ちゃん

      いつもありがとうございます!
      いつもながら、とっても綺麗な弘子ちゃんで
      満足しました♪

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  4. 24時間TVをつけていて偶然、弘子さんの事が始まり驚きました。見終わってりん子さんのページに来たら、この記事が載っていて。何も分からない私ごときが泣くのもおこがましいと思っていたのですが、「大丈夫」が流れると耐えらませんでした。
    りん子さん毎年、2/1決戦の日の前に「大丈夫」を紹介してくれましたよね。私も受験期ずっと聞いて自分で自分を励ましていました。
    私が息子を大切に思うのと同じぐらいご主人も弘子さんの事を思っていたんだなあと。バツイチの私は普段、夫婦の感動話には何の感慨も持たないのですが、今回だけは違いました。
    弘子さんはいつも色々な事を考えさせてくれるけど、結婚って本当は幸せな事なのよねって、私にも結婚生活の中で幸せな時もあったじゃないって思いださせて貰いました。もっともっと弘子さんの姿を見ていたかった。

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    1. ま~坊ちゃん

      久しぶり~!

      ホント、「大丈夫」が偶然にもBGMでしたね。

      あのご夫婦の考え方とか、生き方にはすごーーーく
      学ぶものが多いんですよ~。

      また旦那様が秋に本を出版なさるので
      よかったら、お手に取ってみてくださいね。

      近くなったら、また皆さんにも、このブログで
      ご紹介したいと思っています。

      見てくれて、ありがとね。

      削除
  5. どうやっても出逢ってしまうご縁とか宿命みたいなものってあると思っています。
    私は父も夫も転勤族でいろんな土地にいきましたが、この人に出会うためにここの土地に来たんだなと思うことがよくあります。そして全部つながっているような気がします。
    テレビ拝見しました。
    山下さん、富士山登山もされてたんですね。体験をすごく大切にされてきたのかな、と思いました。
    京都旅行の写真、やっぱりすごく美しくて楽しそうで、凛子さんと一緒だから
    こんな素敵な表情ができたんだと思います。

    きっとこれからも毎年この時期後悔し落ち込んでしまうのでしょう、
    でも素敵なお二人だからこそ、どうやっても出逢ってしまい、りんこさんだからこそ最後に一緒に旅するという重大な仕事を任されたんじゃないかなと思います。

    山下さんもご家族も感謝しかないと思います。

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    1. お優しいお気持ちをありがとうございます。

      うんうん、おっしゃるように、何か運命みたいなものがあって
      出会いも必然なんだろうなってことは実感しています。

      京都旅はとても不思議なことの連続で、色んな方に
      「天界に帰るための必要な儀式」だったと言われていますが

      私には到底、認められるものではなく、今も呆然状態です。

      弘子ちゃんはおっしゃるように、1秒も無駄にしたくないって
      生き方を貫いていました。

      目の前に見える景色。出会った人、すべてに感動していました。

      それは一般人でも出来るかな?ですが、彼女の凄いところの
      ひとつは、それに対し、例えば、出会った人すべてに
      その出会いの感謝を伝えるかのように、その人を思いやることで
      その方に勇気を与えることなんです。

      私と別れる直前に出会ったタクシーの運転手さんにも
      わずか10分にも満たない時間で、その方を虜にし
      また、生きる勇気をダイレクトに伝えていて

      きっと、その運転手さんはその言葉で、今日も
      頑張っておられるのではないかと想像しています。

      それくらい天才的な「人たらし」なんです。

      旅行もね、世間ではいろいろ言われていますが
      すべて自分でお稼ぎになったお金で行っています。
      治療費の工面も自分でしていたんですよ。

      その様々な旅行体験も「誰かのために」ってことで
      前田弘子として発信するために、出かけた京都でもあったので
      余計に残念に思う次第です。

      ただ、弘子ちゃんはこういう後ろ向きな乳母を
      とても嫌うでしょうから、今すぐにはとても無理ですが

      徐々にね、弘子ちゃんに「りんこさんの割には頑張った
      方ですよ」という最大級のお褒めの言葉を頂きたいと
      自分に問いかけていこうと思っております。

      匿名様のお言葉にとても慰められました。
      ありがとうございます!

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