スマホの功罪



「鳥居りんこのネットリテラシー講演」に


お申し込み頂いた皆様には、昨夜遅く

ご案内状をお送りしております。

(ご応募、ありがとね!)


「承知!」っていう「返信」がないと

「学校から母が虐められてるんじゃね?

成績悪いのは母のせいじゃねっし!

子どもがおバカなだけなのに!」って

りんこが心配するから、返信してくださいね。


お陰様で既に満席ですが、キャンセル待ちも

受け付けております。

(椅子がないのよ。40椅子しかないの。

キャパ増やせなくて、ごめんね)

もし「キャンセル待ち」でもよければ

ご応募お願いします。


さて、この講演、「ネットリテラシー」ですが

これってさぁ、私らにとっては最近、出回って

来た新種の機械じゃん?


猿でもわかる仕様書とかもないし、あっても

意味不明だし、使ってるけど、使いこなしてるとは

とても言えないなぁっていうのが実感だと

思うんだよね~。


でよ、最近、すごーーーく気になることがある。


私は打ち合わせとか、取材とかでも

よく人と対面して、お話をする機会に

恵まれるんだが


当然のことながら、昔ではあり得ない光景に

すごくよく出くわすんだな。


つまり、そのテーブルの上に「スマホ」が

置いてあるの。


取材でレコーダーが回っている時は

さすがにあまりないけど、例えば、共に

食事をしている場面とかね、そんな時に

多い気がする。


それで、そういう人はマイスマホを結構、

頻繁に見るんだな。目の前に私がいてもね。


百歩、譲って、何らかの受信があるなら

まあ、緊急ってこともあり得るから

仕方ないかなって思うんだが


明らか、何も音もなってなくね?って時もそう。


「何か来てたら困るし、その情報を早く

知りたいから」っていう熱情の方が

勝っちゃって、目の前にいる私を瞬間的・

結果的に「ないがしろ」にしている気が

するのは考えすぎ?


私はさ「いや、今は私と一生にもう何度もない

機会だから、この時間は私と真剣に時を共に

しようよ!」って気持ちでいるんだが


瞬間、瞬間なんだけど、その対峙している人の

目がスマホに行った途端にすごく冷める。


なんか、私と時間を過ごさせてしまい、退屈?

無駄な時間になってる?って感じちゃって

申し訳ないねって自虐的発想になるからだと思う。


ファミレスとかのレストランに行っても

多分、家族なのに、家族では話をすることもなく

それぞれがスマホ画面を見ている光景を

見ることがあるんだけど

やっぱり、ものすごく奇妙に感じる。


目の前の人を大切にしないで、その機械の

中の何を大切にしているの?


人はさ、半径1メートルでいい。自分から見て

半径1メートルの中に実際に入る人を、

その瞬間瞬間で一番、大切にしていけば、

幸せは絶対にその人から立ち去らない。


でも、視線がスマホに行って、そして手に取る

ことにより、人の思考の優先順位は

目の前の人を限りなく低くしていく。


スマホの利点は沢山ある。

あるのは分かるけれども、同時に沢山の問題点を

抱えている。


一番の問題はこういうことなんだと私は

思うけど、みんなはどう思うかな?


ってなことを思う「大人のネットリテラシー」。


子どもの問題はまた違うので、それは講演でね。


何にしても、鳥居りんこ講演、何故か

酒の入る2次会のが人気よね(笑)


まさしく、知らない人だらけのネットの交流。

こっちはネットの「功」の方を満喫しようね。

コメント

  1. わかります。すごく良い人でも一緒にご飯を食べていたり話しているときにすぐにスマホに手が目が行く人とは、あ、この人とは真には仲良くなれないわって思ってしまう自分がいます。。

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    1. 賛同して下さり、ありがとうございます(#^.^#)

      なんでしょうかね~、ちょっと前までは
      なくても全然、困らなかった機械なのに
      今では「支配」されている人が本当に多い。

      大事なことをドンドンと失ってしまうような
      気がして仕方ないんです。

      削除

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