例え、今は未来が見えなくとも



 

ゴールデンウイークが過ぎて、一段落したせいか

最近「不登校です」とか「不登校でした」って

いうお子さんを持つママからの近況報告が

入って嬉しい。

 

状況は好転したり、停滞してたりで色々なんだが

 

「親子とも、とりあえず無事で良かった!」って

思えるから、連絡もらえるのはとてもありがたい。

 

読者の皆様、たこ太(29歳)の結婚を祝って

くださり、ありがとうございます。

 

15年超のたこ太との死闘?の歴史をウォッチング

してくださっていた皆様は十分、お分かりのように

私は「迷走子育て」。

 

これは私の人間としての円熟度とか

子育てへの経験値が圧倒的に足りなかったからだと

今なら思えるんだけど、当時は自分だけの常識に

振り回されて、悶々としていた。

 

いじめを恐れて、学力が高い学校ならば、

そんなことは起こらないだろうと、勝手に思い込み

 

少しでも偏差値が良いところが良いに違いないと

いう思い込みで、無理矢理に勉強させ

 

本来ならば、怒らなくてよい事に猛烈に怒り

(やる気が見られないとかいう類ね)

そして、何とか突っ込んだ一貫校でのまさかの

虐め。

 

しかも、全く気が付かずに、成績が下がったこと

のみを指摘しまくっていた。

 

それから、学校に行けなくなって、虐めが発覚。

たこ太が中2の頃だったなぁ。

 

今思うと、息子はよく生きていてくれたなぁ。

 

私は猪と化して、いろんなものと戦っていたけど

それすらも、すべてが無意味に感じてたんだよね。

 

元々、口数が少ない子だったから、気持ちを

わかってあげようと詰問するために

余計に貝になられて、私は私だけで迷走を

繰り返した。

世の中、すべてとすれ違ってるみたいなね。

 

その頃から、介護問題が徐々に始まりだし、

子育ても、仕事も、もちろん介護もすべてが

中途半端で、自分は何をしているんだろうと

体調もドンドン悪くなっていった。

 

自分だけが苦しみの中にいると錯覚してたんだよな。

 

私自身が「べきねば」思想の親に強烈に管理

されていて、その基準は親の機嫌次第で昨日の

YESは今日のNOに変わるような、意味がない

ものだったのに、圧倒的支配下に置かれると

人間は考えられなくなる。

 

学校には行くもの

提出物は出すもの

試験は赤点をクリアするべきもの

聞こえが良い学校、就職先も当然、世間体

金を出す親には感謝すること

親に恥をかかせるなんて、言語道断

勝手な思考を持つことは許さない

 

数え上がれば、小さな「掟」が山のようにあった。

 

自分自身が多分、親に逆らったことがない

(その先の更なるめんどくささを考えたから)

ので、たこ太の静かな反抗が全く理解できなかった。

 

加えて、じじばばの干渉もし烈を極めた。

これは母が死ぬまで続いた。

 

私は何をやっても、親からも子からも強烈な

ダメ出ししかされないんだなぁと思ってたんだな。

 

でも、この世の中にはいろんな価値観があって、

そのどれも間違いではないってことに

ほんの少しずつだけど、気が付いてきたんだと思う。

 

40代から50代にかけては、そうやって、壁に

ぶつかっては「人生には何が必要なんだろう?」

ってことを、頭を抱えながら考えていたような

気がする。

 

親とも自分は切り離して考えないといけないし

ましてや、子どもは子どもの人生で、私は

巣立ちまでのお手伝いでしかないということを

 

頭でわかりながらも、実際に行動に出せるまで

長い時間がかかったなぁ。

まだ、今でも完全ではないかもしれない。

 

我が子二人には「親を棄てなさい」って

「それでいい」って言い切れるといいなって思う

けど、相当な覚悟が要るよね。

 

今、不登校の子を持つ人は暗闇の中にいると思う。

 

子の未来を考えられなくなると思うから。

 

「この子はこの子のままでいい」って心から思える

ようになるためには、時間もかかるし

多分、大抵の人には無理だとみる。

 

私は、手探りしかないと思うんだよね。

誰が何をアドバイスしようとも、そんな風には

ならないし、なれないもん。

 

言えるのは、ものすごく暗いトンネルに入って

出口が見えなくなったなら

少し、膝を抱えて、そこに座ってみるってこと。

 

長期戦を覚悟しないといけないってことがひとつと

 

同時にね、自分の残されている時間も有限ではない

ってことを少しゆっくり考えてみるってことだよね。

 

それまでは、暗闇の中で身じろぎできないことは

当たり前だから、それを許そう。

 

その内、私の人生、やっぱり笑う方がいいなって

ちょっとだけ思えたら、そこが転換期だよね。

 

こんな我が子がいるから、とても笑顔の気分じゃない

ってなるんだけど

 

そういう時にこそね、自分自身の機嫌を取る方法を

懸命に考えてね。

 

思い切り寝るでもいいし、散歩に出るでもいいし

パワースポットにひとりで行くでもいいし

映画を見るでもいい

 

頭の中から、子どもを少し、追い出す。

 

本当はあなたは何がしたかったの?

やってみたいことは何?

 

子どもが朝、起きないってだけで、暗闇に覆われる

けど、そういう時こそ、子どもと自分を切り離す

ことがポイントね。

 

大丈夫、子どもは生きてるし、あなたより

生きるから。

あまりに心配なら、出かける前に

「死なれるとすっごく寂しいから死ぬなよ!」って

声かければよしね。

 

それで「じゃあ、お母さんは楽しいとこに行くので

あなたもお楽しみください」

って言えるかが勝負だと思う。

 

「どうにか立ち直りました~!」って教えてくれる

母たちの多くが、その方法をこう言ってくれる。

 

「ほっておく」

 

自分とは違う人間だから、全く違う人生が子どもには

あるんだよなって

 

おたまじゃくしがカエルになる時に、何の疑問を

持たずにカエルになる個体もいれば

立ち止まってしまう個体もいるよ。

 

でも、立ち止まっても、結局、カエルになる。

 

幸せなカエルになったかどうかは、親カエルが

判断するんではなく、その子ガエルだけが

あなたが居なくなった後に、判断できること。

 

あまりに煮詰まったならば、価値観が180

違うところに子どもを置いてみる。

 

留学だったり、旅、または寮生活が効果的だなって

思うけど(つまり「べき・ねば」思想で凝り固まった

あなたから物理的に離すってこと)

 

これも、3年寝太郎くらい迷走しないと動き出せない

話になるので、

 

「私の子育て、一筋縄じゃいかないな」って

思ったら、もうじっくりゆっくりね。

 

大丈夫、世間的には立派じゃないかもしれないけど

みんなね、オタマジャクシのままじゃない。

 

見てくれはどうでも、立派なカエルになる。

 

そういう「子育て」も悪くないよ。

 

結局、思い出して「あのときゃ、痺れたね~」

って思う事、請け合いです。

 

って、私は偉そうに、そう思う。




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